私のツーリング記に、ちょくちょく引用文が出てきている、「ア、秋」という太宰治の短編。私は彼の様々の作品の中でも、優しくて、あやうい、ささやかなこの短編に、太宰治と言うペルソナが凝縮されているような気がしてもっとも好きな作品の一つです。
その、「ア、秋」のイメージで、私なりに小さい秋をあちらこちら、探して来ました。
秋になると、蜻蛉(とんぼ)も、ひ弱く、肉体は死んで、精神だけがふらふら飛んでいる様子を指して言っている言葉らしい。蜻蛉のからだが、秋の日ざしに、透きとおって見える。(太宰治「ア、秋」)

まだ残暑厳しい9月11日、突然思い立ったようになんの準備もせずに家を飛び出し、長野に出かけ、諏訪湖藩でホテルに飛び込んで一泊、その翌日はGWに霧が濃くて走れなかったビーナスラインにリベンジを仕掛けました。
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秋の海水浴場に行ってみたことがありますか。なぎさに破れた絵日傘が打ち寄せられ、歓楽の跡、日の丸の提灯(ちょうちん)も捨てられ、かんざし、紙屑、レコオドの破片、牛乳の空瓶、海は薄赤く濁って、どたりどたりと浪打っていた。(太宰治「ア、秋」)

10月23日、私の定番日帰りスポット、三浦半島。旨いマグロ丼を求めて、秋の漁港へ向かう。
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窓外、庭ノ黒土ヲバサバサ這(は)イズリマワッテイル醜キ秋ノ蝶ヲ見ル。並ハズレテ、タクマシキガ故ニ、死ナズ在リヌル。決シテ、ハカナキ態(てい)ニハ非ズ。と書かれてある。
これを書きこんだときは、私は大へん苦しかった。いつ書きこんだか、私は決して忘れない。けれども、今は言わない。(太宰治「ア、秋」)

10月24日、都内での日帰りツーリングの定番と言えば奥多摩。私は山梨方面に行く際、通る事はあるのですが、奥多摩を目的地にして行ったことはこれまでなく、という訳で、この日は「奥多摩」を知る日帰りツーリングとしゃれ込みました。
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いつか郊外のおそばやで、ざるそば待っている間に、食卓の上の古いグラフを開いて見て、そのなかに大震災の写真があった。一面の焼野原、市松の浴衣(ゆかた)着た女が、たったひとり、疲れてしゃがんでいた。私は、胸が焼き焦げるほどにそのみじめな女を恋した。おそろしい情慾をさえ感じました。悲惨と情慾とはうらはらのものらしい。息がとまるほどに、苦しかった。枯野のコスモスに行き逢うと、私は、それと同じ痛苦を感じます。秋の朝顔も、コスモスと同じくらいに私を瞬時窒息させます。
(太宰治「ア、秋」)

11月7日、武蔵野は、深大寺。この辺りにくると、少しだけ、都会にいることを忘れます。緑も豊か、流れる水もキレイ。大嫌い。だけど離れることが出来なそうな、この東京市の中で、最も気持が安らぐ場所は、実はここなのかもしれません。
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秋は、ずるい悪魔だ。夏のうちに全部、身支度をととのえて、せせら笑ってしゃがんでいる。僕くらいの炯眼(けいがん)の詩人になると、それを見破ることができる。家の者が、夏をよろこび海へ行こうか、山へ行こうかなど、はしゃいで言っているのを見ると、ふびんに思う。もう秋が夏と一緒に忍び込んで来ているのに。秋は、根強い曲者(くせもの)である。(太宰治「ア、秋」)

11月21日、流石にこのころになると、そろそろ都内も秋が深まって来た様子。そんな中でも、衣替えをこれでどうだ!と言わんばかりに見せてくれる、高尾から八王子間の甲州街道の銀杏並木。これは私の青春の日の風景一葉。
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今年は、私の生活環境もがらっと変わり、これまで以上に、気がつくとふっと孤独を感じる時間が多く、その分様々の風景としっかり対話する機会が多かったようです。桜にしても、紫陽花にしても、楓にしても、何故、そこにあって、我々の心を和ませてくれるのか、それとなく語りかけると、風景はきっと答えてくれます。
今まで、季節の移り変わりなどに立ち止まってみる余裕がいかに無かったかが分かりました。

この秋は、それほど遠くまでも行かずに、今まで通り過ぎて来た風景や、これから冬を迎えようとしている身近な風景としっかり向き合ってみることにしました。
何故こんなふうに思うのか、具体的には言えないけれども、今年の秋は、また少し、私に生命を与えてくれたような気がします。最後に・・・

芸術家ハ、イツモ、弱者ノ友デアッタ筈(はず)ナノニ。
ちっとも秋に関係ない、そんな言葉まで、書かれてあるが、或いはこれも、「季節の思想」といったようなわけのものかも知れない。
その他、
農家。絵本。秋ト兵隊。秋ノ蚕(カイコ)。火事。ケムリ。オ寺。
ごたごた一ぱい書かれてある。
(太宰治「ア、秋」)
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