01-8 北温泉滞在記
北温泉は、かねてより、私の憧れの一軒宿でした。とある温泉ガイドブックで、その佇まいを目にしたときから、「いつか、泊まりたい」と、胸に秘めたる想い。06年6月3日に35歳になって、5年毎の憂鬱というのか、何やらうつらうつらと考え事がしたくて、「ならば、憧れのあの宿で」ということで、翌日4日に一泊の予約をしました。今回は、ツーリングを楽しむという目的ではなくて、クソ真面目に、仏頂面決め込んで、自分のこれまで、そしてこれからについて思いめぐらそうと思ったのですが…。

北温泉へは、東北道那須ICを降りて、県道17号から有料道路、ボルケーノハイウェイに乗り、途中分岐する右のルートを「北温泉」の標識に従って走ります。北温泉旅館の看板がある交差点で右折して、その道の終点に、無料の駐車場があります。ここから先は歩きです。

ここから、この遊歩道を三丁四十門(約370メートル)ほど下って行きます。愛車は置いてけぼりで、可哀想ですが…、徒歩でしか行けない旅館であるということも、北温泉旅館の魅力。携帯も通じません。完全に日常から隔離されます。 遊歩道の入口には案内図と、旅館の帳場に直通の電話があります。
結構急な坂道ですが、新緑と、那須の美味しい空気が心地よい。おまけにこの日は霧に覆われていて、それが尚更、なにか神秘的な雰囲気でした。 晴れてれば、この向こうに関東平野が見えます。紅葉のシーズンなんかも素晴らしいんじゃないかな。 霧の向こうに見えてきました。これぞまさしく、一軒宿。右手に流れるは、余笹川。
北温泉の入口。温泉旅館の前に立ち尽くして、しみじみと、「ついに来たなあ…」と動けなくなったのは、はじめてかも知れません。鳥肌が立ってた。 玄関口。玄関のある建物は、安政時代からのものだそうです。日帰り入浴の人は玄関入るとすぐに、入浴券の販売機があります。日帰り入浴は、朝8時30分から受付終了が午後4時まで。 玄関をガラッと開けると、まず目に飛び込んでくるのが、このロビー。
時代物の帳場。奥にある棚や、箪笥が素晴らしい。ちなみに今日は日曜日なので、部屋が空いてました。私は安政の建物の中にある部屋をお願いしました。他にも、明治、昭和に建てられた建物があります。 玄関の左手に、温泉神社への入口があります。お参りする前に、こちらの湯で、足を清めるのが作法だそうです。 この扉を開けて、階段を上って行くと、北温泉を守り続ける温泉神社があります。(私はこの扉自体が神社かと思って、ここで手を合わせて、終了してしまいました。)
玄関から見て、左手の休息室。 休息室にも、廊下にも、至る所に、このような昔ながらの家財道具などが置かれています。整然と置かれているのではなくて、あたかも最近まで使われていたかのように置いてあるのが素晴らしい。 廊下はまるで迷路のようになっています。方向感覚が狂います。しかし、道案内が丁寧にしてあるので、大丈夫。
ただ廊下を歩いているだけなのに、退屈しないんですよ。このようにいろんなオブジェが飾られていて、ディズニーランドのアトラクションみたい。ちなみにここでは紹介し切れない、おもしろオブジェや、施設については「北温泉ホームページ」に詳しいです。 道案内。暗い廊下にぼんやりと、いい感じ。
こちらが私の泊まった部屋。松の間。ちなみにこの旅館には、梅、竹、松、とランクが3つ、45の部屋があります。でも、一番風情があるのは一番安い松の間だと思います。しかし宿泊料が、安い!(1泊2食で松の間、7500円、梅の間でも9500円!) 左の引き戸が入口。コタツと、映りの悪いテレビがあるだけですが、なんか落ち着く…。ちなみにアメニティは浴衣とタオルだけです。
窓からの風景。余笹川のせせらぎ(というより、人工の滝があって、結構ノイジーです)が心地よい。 別の部屋の窓から。正面は駐車場に至る道。 北温泉の猫。結構ハンサムさんです。沢山のお客にも動ぜず、凛としている。
私の部屋の外に、こんな古ぼけた将棋盤がさりげなく置いてありました。
さて、お待ちかね、浴場へご案内。北温泉旅館には、大きく分けて5種類の浴場があります。どれから入るか、迷うとこですが、やはり、混浴の内湯、天狗の湯から…。玄関からみて、建物の一番北側の湯です。 これが北温泉旅館を代表する内湯、天狗の湯。天狗が発見したという伝説があります。大きな石の下にから、ちょろちょろ湧きだす温泉を発見し、石をどかしたら、わっと温泉が湧きだしたとか。 浴槽からダバダバ溢れるほど、大量の湯が止めどなく注がれています。「温泉は、新鮮一番!」もちろん完璧な源泉掛け流し。飲泉も可能です。ほのかな硫黄の香りのする、丸いお湯です。これは飲みやすい。
これが源泉、「滝の湯」天狗の湯にはこれが直接注がれています。その湯量、毎分482リットル、温度は56度。ちなみにアルカリ濃度が高いので、石鹸は使えません。(泡が立たない)女性の皆さん、肌がスベスベになりますよ! 一番奥の天狗の面。天狗が激高して湯気が立ってるようにも見える。それにしてもこの湯気の中、良く腐らずにあるものです。 廊下側の面。一番おっがない顔をしてる。この辺は、日光修険道というのを信仰していて、それが由来で天狗の面を掲げているのだそうです。「人にて人ならず、鳥にて鳥ならず、犬にて犬ならず、足手は人、かしらは犬、左右に羽根はえ、飛び歩くもの」(日本書紀)
天狗の湯には、訪れた旅人の絵馬がかけられています。中にはロシア語で書かれた絵馬もありました。世界各国に、北温泉旅館のファンがいるようです。 天狗の湯のある建物の先に、離れがあって、つっかけ引っ掛けて歩いてみます。 すると、左手にうたせ湯があります。別名「不動の湯」先ほどの滝の湯から枝分かれした湯が直接落ちてます。熱いです。
「不動の湯」のとなりには、若干温度の低い「ぬる湯」があります。 こちらはもう一つの北温泉旅館の名物、「泳ぎの湯」。この旅館を訪れると、まず目に飛び込んでくる、開けっぴろげの露天風呂。混浴です。ちなみに、手前の脱衣所の中にも、「相の湯」という、雰囲気の良い男女別の浴槽があります。天狗の湯と源泉が違うようで、こちらは飲泉すると、鉄の味。析出物も多いようです。 小学校の25メートルプールと同じかそれ以上の大きさです。「泳ぎの湯」というだけあって、ここは水着着用OKだし、いくらはしゃいでもマナー違反にはなりません。浮き輪も貸し出してます。
子供たちと比べると、その広さがわかるでしょう。今日は日曜で、日帰り客が帰った後、私一人貸し切り状態でしたが、持て余します。この広い浴槽の、どこに居ていいのか解らない。 こちらは建物の一番東側、余笹川のほとりにある男女別の露天、「河原の湯」。数ある浴場の中でも、私はここが一番気に入りました。真夜中に、真っ暗闇の中から聞こえる流れの音を聞きながら入りました。至福の一時でした。そうそう、宿泊客はどのお風呂も、24時間、入り放題です。 「河原の湯」へ向かう途中には、沢山美人さんがいますので、挨拶を忘れずに。
この旅館はチェックインが午後2時からですが、ちょっと早めに着いてしまいました。すると、旅館の方が気を使ってくださって、「お昼、食べてないでしょ」と、おそばを作ってくれました。ホントは事前に申込みが必要なのに…。山菜入りの思いやりのこもったこのそばは美味しかった。 夕食。どれも素朴で、豪華すぎないところが一人旅にピッタリ。とても美味しかったですが、一番美味しかったのは、「白いご飯」(いや、ホント!オカズなくてもメシだけで満足できそうなくらい)那須はコシヒカリの産地でもあるんです。久しぶりに食べ過ぎた。
朝食。しかし、宿泊料金が安いにも関わらず、至れり尽くせり…。申し訳ないくらい。もちろんまたあの、ウマい「白いご飯」が!昨晩の晩ご飯と、この朝食と、こんなにウマいマンマを食べたのは久しぶり。一粒残らず、平らげましたとさ。
ボルケーノハイウェイに至る県道17号には「那須温泉神社」があります。すぐ近くに、名勝「殺生岩」があるのですが、神社の境内を抜けて、殺生岩まで行くことが出来ます。 鹿が傷を癒していたというのがその名の由来の「鹿の湯」を発見した、狩野三郎行広が創建したと言われます。「扇の的」の那須与一が祈願したことでも有名。宝くじ買う前に参拝すれば、「当たる」かも。 立派な神木。
カエルを模した彫刻もいい感じで枯れてます。 温泉神社の東側の遊歩道を歩いて行くと、「殺生岩」(もしくは、殺生石)がある、賽の河原(さいのかわら)が見えてきます。芭蕉は奥の細道への道すがら、「石の香や夏草赤く露あつし」とこの地を詠んだ。 これが「殺生岩」鳥羽上皇を惑わした九尾の狐が朝廷に鏑矢(かぶらや)で射られた際、化けた石と言われています。石に化けてからも、猛毒を放って、近づく人や鳥、ことごとく死んだそうです。私の大好きな硫黄の臭いが充満してます。
賽の河原の遊歩道を歩く。もっと激しく臭気が吹き出しているのかと思ったら、そうでもなかった。この道をずっと行くと、駐車場があり、道を渡るとすぐに、かの名湯、「鹿の湯」があります。 遊歩道には、このように千体地蔵が祀られています。私の手元のガイドブックには「多少気味の悪い賽の河原」とあります。 みな、おなじ方角を見て、一生懸命になにか祈っています。賽の河原と言えば、佐渡の二ツ亀を思い出してしまいますが、全国各地にあるのですね。
ボルケーノハイウェイの料金所。通行料金はバイク、260円。支払はお帰りの際に。料金所を通過して、少し行くと、道は二股に分かれ、那須ロープウェイの手前で合流します。北温泉に向かうには、右のルートから。ちなみにこの写真、帰りの料金所の手前で撮影しましたが、このあと、バイクが横になられました(泣)センタースタンドちゃんとかけてなかった。 新緑で、程よいワインディングです。今はツツジの時期らしくて、八幡温泉付近はツツジの名所。日曜日ということで料金所からずっと渋滞してました。すり抜けが難しい道なので、空冷エンジンには厳しい。 道中、あちらこちらに、このように美しいツツジが散見。
料金所からみて、左側のルートを行くと、途中、このように関東平野をまるっと見渡せる展望台があります。 左右に分かれた道が合流するところには、広ーい駐車場があります。大丸温泉という日帰り温泉もあります。ここから先は那須ロープウェイ、峠の茶屋まで至る道があります。 那須ロープウェイの山麓駅が見えます。
初日はこのようにずっと霧でした。でも、空気がうまいせいか、この霧も、吸い込むとなんか爽やかで、ウマく感じます。しかし、視界がこんなです。 標高1462メートル地点にある峠の茶屋。那須岳登山の基地でもあります。高原の岩清水で作ったかき氷が名物。でも、今日は寒いので遠慮です。 もう一つの名物、きのこ汁を頂きました。具沢山で、暖まる、優しい味。味噌も手作りのようで、売店で購入可能。
峠の茶屋のアイドル。他の客が撫でようとしたら、店の人が、「その子病気だから触らないで」だって。その瞬間、こんな顔して私の方を見た。「怒られてやんの」と、一人と一匹、見合って笑う。
濃霧で生憎の展望であったが、せっかくなので、那須ロープウェイに乗ってみることに。しかし、その濃霧のおかげで、私は感涙の光景を見ることになる。登山客が沢山。 ロープウェイの車内のつり革。何故に球体なんでしょう。もちろん、ここを握ります。 山麓駅を出てからはしばらく霧以外何も見えませんでしたが、しばらくすると、乗客から「おお!」とドヨメキが。雲を抜けるとそこは青空だったッ!目の前に広がる雲海に泣けてきた。
山麓駅から山頂駅までは、約812メートル。しかし、どんよりしていた下界とは全くの別世界。ここから茶臼岳の噴火口(無間地獄)までハイキングが出来ます。 しばらくこの雲海を目の前にして、動けなくなりました。まさに、雲と鳥以外、なかりけり。ツバメが飛んでた。こんな高いところまで平気で上がってくるんだね。 晴れてれば、関東平野が一望です。でも今回は、なにか特別の光景が用意されていた気がします。これは天からの誕生日プレゼントと思いたい。
天上界から地上界に歌声を響かせてあげよう。曲はカーペンタ−ズの「Top of the world」。その瞬間、地上では電波障害が起きていたという…。 那須岳の噴火口までは、結構急な登りで、火山岩などがゴロゴロしていて、歩きにくい。時間があれば山頂まで登りたかったのですが…。 ちなみに那須ロープウェイは最終が16時30分。これを逃すと、山麓駅まで延々2時間徒歩で降りて行くはめになります。
35歳の最初の旅に、憧れの北温泉旅館を訪れることが出来て、感無量です。本当は、もっと深いことを考えよう、35歳の自分はこれからどうしたいのかとことんまで思い詰めよう、と思って行ったのですが、道中の新緑、那須高原の空気、そして北温泉のお風呂、素朴な人たちとの出会いで、そういうことは、どうでもよくなってました。結局のところ、ツーリングと温泉を散々楽しんでました。深い霧に視界が塞がれてて、見た目はどんよりしていても、実は雲上は晴れていて、日の光の照り返しが眩しかったりする。そんな光景を、誰かが用意してくれてたみたいで、人生も実はそんなものじゃあないかと、ふと思いました。
今回は日曜日に宿泊したので、客も少なく、お風呂は殆ど貸し切り状態。月曜の朝早くに旅館を出れば、出勤時間には間に合います。日曜の夜、ゆっくりと温泉につかって、北温泉から出勤、というのもどうでしょうか?
とにかく、温泉大好きな私をして、「温泉はしばらくいいや」と思わせるほどの素晴らしい一軒宿でした。ちなみに、北温泉旅館の秋さんという方が、mixiをやってるそうです。このページのアドレスも教えてあげたんですけど、見てますかー?