01-10 落人日記
秋も深まるその手前の中途半端な時期、この時期になると私はできるだけ寂しい所に出かけたくなります。昨年もそのような場所を求めて栃木を走りましたが、今回も都会に疲れた落人気取りで、鬼怒川の上流は落人の里、川俣温泉に宿をとりました。
道中、昨年は土砂降りで通過するだけになってしまった日光に立ち寄って、落人気取りの私に、おおよそ似つかわしくない、徳川の豪華絢爛、東照宮を数年ぶりに訪ねてみました。

10月2日、まだ秋本番とは言えない中途半端な時期で、やはり道も空いています。今回は、東北道を鹿沼ICでおりて、国道121号(通称日光例幣使(れいへいし)街道)で日光を目指します。京の勅使が金貨を東照宮に運ぶ際に使ったので、その名があります。

例幣使街道の沿道には、日光街道のそれよりももっと雰囲気のある杉並木が続きます。この日光の杉並木は、国の史跡の中で特別史跡と特別天然記念物の二重指定を受けています。一瞬、私は時間を抜け出しました。こんな素晴らしい風景なのに、クルマが猛スピードで駆け抜けていく。 例幣使街道は今市で日光街道に合流。日光の市街地を通り、老舗の日光金谷ホテルの先にある、大谷川に架かるのが「神橋」。
昔、ここで立ち往生した勝道上人が神に祈ると深沙大王が現れて、赤青3匹の大蛇を投げて、川の両岸を結んだので、かつては山管の蛇橋と言われていました。ムカシ ムカシノオ話ヨ。
東照宮の表参道で記念撮影。もちろんこの後、駐車場に停めました。東照宮には広めの駐車場が数カ所あります。 東照宮は徳川家康の死後、家康を敬愛していた3代将軍家光によって1634年に社殿の大造営が始まり、わずか1年5ヶ月で完成した、豪華絢爛を体現したかのような、彫刻、蒔絵、彩色、金工と、さながら江戸初期の建築家と、工匠の技の博覧会です。 高さ35mの五重塔。この前の広場は、人が1000人立てるので、「千人升形」と言われています。ちなみに、東照宮の建物は、階段、鳥居に至るまで遠近法が使われており、境内をより広く見せるように工夫されております。
五重塔の一番下、初層を飾るのは、目にも楽しい十二支の動物たち。それぞれきちんと方角を指しております。 この五重塔は、4層までは垂木が平行の和様、5層目だけは垂木が放射状になっている唐様となって和唐折衷ともいうべき建物。 こちらは表門。表門は三間一戸の八脚門で、正面の2体の仁王像が迫力。背面には狛犬が安置されています。門の側面には唐獅子やバクなどの82対の彫刻が圧巻。
表門を入って右側には鉤の手(Lの字型に)に、校倉造りの三神庫が並びます。朱塗りに金箔と、目にも眩しいこの神庫には、千人武者行列の道具などが納められています。妻(つま=側面の意)の部分の「想像の像」という、像の彫刻が面白い。 表門の左手、東照宮で唯一、素木の建物、神厩舎(家康の乗った馬が奉納されている馬小屋)の長押(なげし)に、かの有名な、3匹の猿。子供のときには、こころが純粋であるが故、悪いことを「見ざる・言わざる・聞かざる」が良いとの教訓。 猿の彫刻は、神厩舎の長押にぐるりと8つ展開されています。8つで、一匹の猿の人生を表す。こちらは神厩舎を正面に見て一番左。子供の将来はどんなんかしらと思いめぐらす母と、その顔を覗き込む小猿。こういうストーリーは、観光団体の後ろにこっそり付いていって、ガイドさんの話を盗み聞きするといいですよ。
こちらは、陽明門の前に立ち並ぶ石灯籠。豪華絢爛の中に苔むしたこういったオブジェがときおりこころを落ち着かせます。ちなみに、境内に敷き詰められた白い栗石は、境内を明るく見せ、雑草を押さえる働きがあるようです。 三神庫の極彩色のディテール。東照宮で使われている顔料は、鉱物から抽出されるもので、退色性が極めて低いそうですが、修復作業する場合、1センチ平方、2万円かかるそうです。 左手に見えるのは、家光の子供の誕生をお祝いして、朝鮮から送られた、朝鮮鐘。鐘の響きを良くするために、上部に無数の穴が開けられており、「虫食いの鐘」とも言われています。
これぞ、東照宮のシンボル、陽明門。「日暮らし門」とはよく言ったもので、一日観ててもホントに飽きないでしょう。この門だけで、500以上の彫刻が施されているのです。霊獣と言われる、想像上の動物が194体。 陽明門をくぐるこの絵は、観光ガイドなんかでもおなじみ。陽明門に関して、一番興味深いのは、「魔除けの逆さ柱」。背面の右から2番目の柱の文様が、他の柱と逆になっております。これは、あまりの完璧さに、魔がささないようにとの配慮。 陽明門正面の左右には「水色桔梗紋」のあしらわれた、随身像。実は、ここに、ちょっとしたミステリーがあって、桔梗の彫り細工は、明智家のシンボル。明智光秀は、秀吉との合戦に敗れた後、敗走中に、土民の槍に倒れますが、実は生きていて、南光坊天海となって、徳川家に使えたのではないかという…。
陽明門の両側に延びる回廊にはめ込まれた一枚板の透かし彫り。上中下と三段になっており、これは中段の松竹梅。上段(欄間)には雲、中段(胴羽目)にはこのような松竹梅、鳳凰、孔雀。下段(腰羽目)には水鳥と、天・地・水を表します。 東の回廊の入口の潜り門の上の長押の蟇股(かえるまた)の間に、かの有名な左甚五郎作、眠り猫が飾られています。寝ている猫は、雀を襲わない。つまり、共存共栄、平和な時代を表しています。 あまりの豪華絢爛に目眩がして来たので、境内の苔なんぞ見て目を休める。
もう、「日光を見ずして結構というなかれ」どころではなくて、「いいえ、もう結構」って感じ…。 眠り猫の下をくぐって、奥社に至るまで、207段の階段(207で、つれぇなぁと覚えましょう)を登りますと、小さな拝殿の裏手にあるのが、この宝塔。徳川家康の墓です。 人生とは重き荷を負いて遠き道を行くが如し、急ぐべからず。…。
そう、死ぬまで求道なのだ。頑張れ、少年!元気でいこう。絶望するな。ン?
こちらは本社の門、「唐門」です。陽明門に比べると地味な印象ですが、どっこい東照宮で一番重要な門。四方唐破風という造りの屋根に、逃げないようにヒレを切られた龍と、金の輪をはめられた恙(つつが=夜の守り神)が乗っている。ちなみに、門柱と透塀の間に、日本航空のシンボルだった「鶴丸」の元になった文様が。(拡大画像で確認出来ます。)
この後、本地堂で鳴き龍を拝観しました。
徳川の豪華絢爛を、これでもか、これでもかと見せつけられ、このツーリング記を編纂するにも、一苦労。図書館から資料を借りて来たりで、ホントにいろいろ勉強になりました。東照宮に行くなら、予習をして行った方がきっとアトラクション的な楽しみかたが出来るのではないでしょうか。 こちらは、東照宮の東側にある、二荒山神社へ向かう参道。
実は、私が一番好きな東照宮の風景は、このずらっとならんだ石灯籠の参道だったりします。 二荒山神社(ふたらさんじんじゃ)。この二荒という字を「にこう」と読んで、それに「日光」という漢字を当てて、日光という地名になったという伝説は、以前にも紹介したような…。ちなみに二荒山とは、男体山のこと。
二荒山神社の境内になぜかコルゲンコーワのカエルが「若返りの神」として祀られていました。 駐車場に向かう道中に見かけた、素敵な壁。私は東照宮のような豪華絢爛な建築よりも、慈照寺(銀閣)とか、駒ヶ根は光善寺のような、枯れた建築の方が向いてるようです。疲れた。
お昼には、日光らしく「湯葉そば」を食べようと思ったのですが、うどんで勝負しているお店を発見。「めん処縞屋」。日光の美味しい水で打ったうどんは美味でした。湯葉も、日光のそれは、食べごたえがあっていいですね。
東照宮を後にして、めでたく無料になった霧降高原道路を走ります。(以前は930円だった)その名に違わず、霧が立ちこめていました。 霧降高原道路は、前半はあまり展望も開けず、走りを楽しむだけのような感じですが、ときおりパーッと田園風景が眼下に広がります。 霧降高原道路の後半、六万沢橋を過ぎたくらいから展望が開けて来て、左右に牧場が見えてくるとここからがハイライト。ちょうど霧も晴れて来ました。
ワインディングが牧場を貫く、牧歌的な風景の中を走ります。バッハの農民カンタータ、「羊は安らかに草を食(は)み」を口ずさみながら…。 霧降高原道路の終点に、大笹牧場レストハウスがあります。ハロウィンが近いので、カボチャが飾ってありました。 大笹牧場レストハウスは、ライダーにも大人気のスポット。駐輪所はさながら二輪の博覧会。じつは私は今回が初めて。
搾りたての牛乳や、ジンギスカンなども味わえます。名物ブラウンスイスソフトクリームを頂きました。甘さが、牛乳の甘さから来る甘さで、濃厚でとっても美味でした。 このレストハウスでは、牧場の動物たちと戯れることが出来ます。乳搾りや、バター作りの体験も出来ます。 ちょっとニヒルな感じの馬。
ヤギって、よく見ると、どことなくズルそうな顔してませんか? あったかそうな方々。メリヤース! ちょっと貫禄のあるヤギ。師匠と呼ばせていただきました。
師匠の背中を借りて、しばし人生について語り合ってみた。師匠の背中は広かった。その眼差しは何を見つめているのだろうか…。 駐輪所の近くの売店で、昆虫を樹脂で固めたアクセサリーが売られていました。サソリなんかもあります。タマムシなんかは綺麗でした。でも、死んだ昆虫の目がちょっと気持ち悪い。
大笹牧場を後にして、暗くなる前に今日の宿のある川俣温泉を目指そうと思ったのですが、今回の宿はカードが使えないそうで、周囲にATMも全くないそうなので、コンビ二求めて、県道23号を東に、一旦鬼怒川温泉の方を目指します。 道中、目くるめく変化の鬼怒川の清流の様々の表情が楽しい。ちょっと回り道になったけど、それもまた一考、でした。 川治温泉の手前の川治ダムのダム湖、八汐湖です。この北側には私の大好きな、湯西川温泉があります。こちらも平家の落人の集落。
さて、鬼怒川温泉の手前のコンビニで現金を引き落として一安心、来た道引き返して川俣温泉を目指します。道も狭く、クルマ通りも少なくて、ようやく落人な雰囲気。木々の間から見えた、蛇王滝。水の流れが蛇の形に見えることから。 今回泊まる宿が、「国民宿舎」ということで、ちょっとお風呂に期待出来なかった(後で大いにこう思ったことを後悔することになるのだ)ので、ちょっと立ち寄ってみた、上人一休の湯。清水の舞台をモチーフにした建築。露天の展望はよくなかったけど、お湯はなかなか良かったです。 川俣湖のほとりにて。いよいよ「この世にひとりぼっち」な雰囲気になってまいりました。本当にだーれもいない。人気の多い観光地でひとりぼっちはさびしい感じなのに、人っ子一人居ないところでは全然さびしくないのは何故か知ら。夕焼けにきらめく湖面が何とも言えなかった。
川俣湖は、川俣ダムのダム湖で、昭和41年に生まれた、新しめの人造湖です。人造湖とは思えないような、なにか昔からの風景のような雰囲気をたたえている感じがします。 東照宮の、人の技による豪華絢爛も素晴らしいものでしたが、今日、本当に私の心を鷲掴みにして話さず、時を忘れさせたのはこの光景。紅葉も中途半端だけど、こんな風景の中に、「独りで居る」ことが全てなのだ。本日のベストショット。
さて、こちらが、本日お泊まりする、国民宿舎「渓山荘」。私独りなのに、10畳間を用意してくれてた。他にも家族連れとかいるんだし、広すぎる部屋は持て余すし…。申し訳ない気分。 夕食は、ちょっと早い時間でしたが、豪華すぎず、でもいろいろ楽しめて、一人旅にはいい感じ。猪鍋と、焼いた川魚が美味しかった。 お腹もいっぱいになったところで、お風呂タイム。先ほど、「あまり期待していなかった」と申しましたが、前言撤回。清流沿いの露天風呂の雰囲気は、北温泉のそれに似て、お湯もとっても良い!久々にのぼせるくらい浸かっていました。他にも広い大浴場、貸し切りの檜風呂があります。
朝、宿の目の前の鬼怒川のほとりを散歩しました。上流まで来ますと、鬼怒川温泉あたりの表情と全く違って見えます。 ふっと空を見上げると、見事な朝焼け。今回のれいの、「神様が用意していてくれたんじゃないか」と思う風景。
こちらが離れにある檜の貸し切り風呂。とくに予約は必要なくて、離れにいってみて、サンダルがなければ、空いているということ。対岸の散策路から丸見えですけど、いやー、ホントにいい湯です。全然ノーマークでしたけど、また来たいなと思いました。 朝食の時間は7時から。ちょっと早めに出たかったので、先日の夜に「朝ご飯、いりません」と申し出たんですが、宿の方が、それではと、朝、お弁当にして持たせてくれました。「ありがたい…。」渓山荘のもう一つの良さは、さりげない思いやりです。さりげないから、余計に身にしみる…。その朝、なぜかほのかに塩味のおにぎりを頂いて、宿を後にしました。
県道23号の終端から枝分かれする、奥鬼怒林道。ここを抜けると、一気に戦場ヶ原に出ることが出来ます。林道と言っても、全線舗装されています。 林道の入口のゲート。「山を甘く見るな」との標識にドキドキ。何も入る前からそんな怖がらせなくても…。 まずはぐーっと標高を上げていきます。狭くて、途中、きついカーブが連続で、路肩も所々荒れてて、決して走りやすいとは言えないけども、ころころ表情が変わって、なかなか楽しい道路。紅葉の頃は素晴らしいんだろうなあ。
林道の後半は、白樺の中を抜けていきます。新緑の頃と見まごうかのような、緑のトンネル。 林道を抜けると、道幅も広くなって、ちょっとホッとして、息抜き。紅葉もちらほら散見。奥鬼怒林道、ちょっと気に入った。 さて、林道抜けて、国道120号にぶつかりまして、ちょっと中禅寺湖方向に戻ると、そこは戦場ヶ原。秋色に色づいた戦場ヶ原は、血に染まったようで、ちょっと不気味。
昔、赤城山の神が大ムカデに、男体山の神が大蛇に化けて戦った戦場だと言われており、勝ったのは男体山。ムカシ ムカシノオ話ヨ。今では可愛らしい野鳥の宝庫。
戦場ヶ原を後にしてからは、120号を西へ、いわゆる金精道路のワインディングを楽しみ、その後、ロマンティック街道をひた走って、沼田ICから関越に乗って帰宅しました。その日の午後に、私の自宅に友人が来ることになっていたので、もうノンストップ。行きは、落人、帰りは飛脚。そんな状況でした。
秋には出来るだけ寂しいところに行きたい衝動に駆られてしまい、昨年は川原湯温泉を訪れたのですが、今年の川俣温泉も、中途半端な時期なのか、人も少なくて、それゆえ、観光地としてではなく、普段通りの表情を見せてくれてるような感じがしました。そして、独りでそういう風景の中にいること、この瞬間が私にとっての最高の癒しの時のようです。だから、東照宮よりも、川俣湖ので見た夕陽と、朝焼け、あの光景を愛したい。
みちのくの手前、栃木はやっぱり奥が深いですね。